
日本最古の書物『古事記』と、日本の正史として編纂された『日本書紀』は、どちらも単なる神話集ではなく、日本文化のルーツを今に伝える貴重な歴史資料です。
特に両書に共通して語られている「スサノオノミコトと八岐大蛇(やまたのおろち)」の伝説は、日本酒の歴史を語る上で欠かせないエピソードです。
この物語の中では「八塩折之酒(やしおりのさけ)」という特別な酒が登場し、スサノオが巨大な蛇を退治するための知恵として、日本酒が重要な役割を果たします。
『古事記』と『日本書紀』の両方に記されているこの酒の神話は、日本酒がいかに古代日本人の暮らしと信仰に深く結びついていたかを象徴するものだといえるでしょう。
目次
スサノオノミコトと八岐大蛇の出会い

高天原(たかまがはら)を追放されたスサノオは、出雲の国、肥の河(ひのかわ)へ降り立ちます。
川辺で泣いている老夫婦、足名椎(あしなづち)・手名椎(てなづち)と、娘・櫛名田比売(くしなだひめ)に出会います。
彼らは、巨大な怪物「八岐大蛇」に毎年娘を一人ずつ差し出してきた悲劇の家族でした。
八岐大蛇は体長が八つの谷と尾根にまたがるほど巨大で、目は燃えるように赤く、体には苔や杉・檜まで生え、まるで山そのもの。
今年も最後の娘・櫛名田比売が生贄にされるところでした。
八塩折之酒(やしおりのさけ)という作戦

スサノオはこの家族を救う代わりに櫛名田比売を妻に迎えることを約束し、八岐大蛇を退治する策を授けます。
それが「八塩折之酒」を使った作戦です。
足名椎と手名椎に命じて、濃厚で旨味が凝縮された酒「八塩折之酒」を造らせます。
この酒の名前には「八回塩を折り返すほどの念入りさ」という意味が込められ、古代の特別な醸造法を示唆しています。
単なる酒ではなく、神事に用いる「神酒」としての役割も果たしたことでしょう。
八岐大蛇、酒に酔いしれる

スサノオは、八岐大蛇を酔わせるため、八つの大きな酒樽を用意し、八つの門の前に並べます。
やがて八岐大蛇は現れ、酒の香りに誘われるように、それぞれの頭を酒樽へ差し込み、夢中になって八塩折之酒を飲み干しました。
飲み終えた大蛇は、その場で完全に酔いつぶれ、動けなくなります。
その隙を狙い、スサノオは剣を振るい、大蛇の八つの頭と尾を次々に斬り落としました。
そして、八岐大蛇の尾の中から現れたのが、日本神話の重要な神器「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」です。
この剣はのちに、天皇家の三種の神器のひとつとして伝わります。

『古事記』と『日本書紀』が伝える八塩折之酒の違い
実はこの伝説、古事記と日本書紀の両方に記載されていますが、少しずつ表現が異なります。
- 古事記版
スサノオは老夫婦から娘を救う条件として八塩折之酒を造らせ、これを八つの桶に入れて配置。八岐大蛇が酒を飲み干し酔い潰れると、スサノオが剣を振るい退治します。 - 日本書紀版
こちらも基本構造は同じですが、より格式ばった文体で、酒の用意も「醸成して熟成させた美酒」と明記。酒が神々と人間を繋ぐ「神器」のように描かれています。
両書が共通して伝えているのは「酒は神話的にも特別な存在であり、人智を超えた力を発揮する」ということです。
八岐大蛇と日本酒が示す古代の酒文化
この物語が語るのは、単なる英雄譚ではありません。
「酒」が神話の中で「武器」になるほど重要な存在であることを教えています。
八岐大蛇は自然の脅威、あるいは洪水や災害の象徴とも言われています。
それを「酒」で酔わせ、鎮め、制するという構図は、酒が神事や祭礼の場で厄払い・祈願・感謝の象徴として扱われてきたことを意味しています。
また「八塩折之酒」のような濃厚な酒は、古代の発酵技術の結晶。
現代でいえば熟成古酒や、濁り酒に近い酒だったのではないかと考えられます。
現代に残る八塩折之酒の系譜
現在でもこの伝説をモチーフにした日本酒は各地で造られています。たとえば出雲地方では、八塩折や八雲と名のついた地酒が登場しています。

こうした酒は、スサノオや八岐大蛇の物語を思い浮かべながら飲むことで、日本酒の深い歴史と文化を味わうことができます。
神話から続く「酒の物語」を知ると、日本酒はただの飲み物ではなく、文化や祈り、自然への敬意を表現するツールだったことが見えてきます。
まとめ:神話が語る日本酒のはじまり
八塩折之酒は、八岐大蛇退治のカギを握る特別な酒。
この神話を通じて、日本酒は古代から「人と神をつなぐもの」として重視されてきたことがわかります。
スサノオの知恵と酒造りの技術、そして酒の力が一体となったこのエピソードは、日本酒の歴史の原点ともいえる伝説です。
次に日本酒を口にする際には、ぜひこの物語を思い出してみてください。
酒の一滴に宿る、日本の神話と文化の深さが感じられるはずです。
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