「日本酒はどうやって発酵しているの?」「ワインやビールと何が違うの?」と気になったことはありませんか。実は日本酒は、世界的にも珍しい「並行複発酵」という独特の発酵方式で造られています。
本記事では、唎酒師として全国の酒蔵を取材し、Craft Sake Worldを運営する筆者が、日本酒の発酵の仕組みと味への影響をわかりやすく解説します。
1. 日本酒の発酵を1分で理解する
日本酒の発酵は、「米のデンプン → 麹の働きで糖に → 酵母の働きでアルコールに」という流れで進みます。ここで重要なのが、この2つの変化を「同じタンクの中で同時に」進める点。これが日本酒独特の「並行複発酵」というキーワードです。
※並行複発酵とは…麹の酵素による「糖化」と、酵母による「アルコール発酵」が、同じタンクの中で同時進行する発酵方式のこと。
2. 日本酒造りの5工程と、発酵が起こる場所
発酵の話に入る前に、まず日本酒造りの全体像を押さえておくと、この先がぐっと分かりやすくなります。日本酒は、次の5つの工程をこの順番で進んでいきます。
精米 → 製麹 → 酒母造り → もろみ造り → しぼり
| 工程 | 内容 |
|---|---|
| 【工程1】精米 | 玄米の外側を削って、雑味の元となるタンパク質や脂質を取り除く工程。 |
| 【工程2】製麹(せいきく) | 蒸した米に麹菌を繁殖させ、米麹をつくる工程。※米麹とは…米のデンプンを糖に変える酵素を供給する、発酵の土台。 |
| 【工程3】酒母造り | アルコール発酵を担う酵母を、少量の仕込みの中で大量に培養する工程。※この段階ではまだ本格的な発酵は始まっていません。 |
| 【工程4】もろみ造り | 酒母に米・米麹・水を加えて仕込む工程。ここで初めて本格的な発酵(並行複発酵)が始まります。 |
| 【工程5】しぼり | 発酵を終えたもろみを、液体(清酒)と酒かすに分ける工程。 |
つまり、よく耳にする「生酛・山廃・速醸」は工程3の話、「三段仕込み」や「発酵期間」は工程4の話。この二つを混同しないことが、発酵を理解する上での最大のポイントです。
3. 発酵の3タイプ:単発酵・単行複発酵・並行複発酵
お酒の発酵方式は大きく3つに分類されます。
| 発酵方式 | 代表酒 | 仕組み |
|---|---|---|
| 単発酵 | ワイン | 果物の糖をそのまま発酵 |
| 単行複発酵 | ビール | 糖化→発酵の順番で進める |
| 並行複発酵 | 日本酒 | 糖化と発酵を同時進行 |
ワインはブドウにもともと糖が含まれているため、酵母が直接アルコール発酵させます。ビールは麦を糖化させてから、別の工程で発酵させます。日本酒はこの糖化と発酵を、同じタンクの中で同時に進めるのが特徴です。
4. なぜ並行複発酵が「日本酒の魅力」を生むのか
並行複発酵には3つの大きなメリットがあります。
①醸造酒でありながら高いアルコール度数を実現できる
醸造酒でありながら最高クラスのアルコール度数(約20度)を実現できます。蒸留していないお酒としては、世界でもトップクラスの高さです。
②雑味が出にくい
糖度を低く保てるため酵母への負担が少なく、雑味が出にくくなります。
③複雑で豊かな香味成分が生まれる
長期にわたる糖化と発酵の同時進行が、日本酒独特のフルーティーな香りと旨味を生み出します。
5. 並行複発酵を支える2つの主役
日本酒の発酵は、2つの微生物が同じタンクで共存することで成立します。
黄麹(Aspergillus oryzae)
米のデンプンを糖に分解する糖化酵素を作る麹菌。日本の「国菌」にも指定されている、日本酒造りに欠かせない存在です。
清酒酵母(Saccharomyces cerevisiae)
麹が作った糖をアルコールと炭酸ガスに変換する酵母。協会酵母をはじめ、蔵ごとに使い分けられ、香味に大きく影響します。
麹菌と酵母が同じ環境で役割分担する仕組みは、世界的に見ても珍しく、日本酒特有の技術です。
6. 【工程3】酒母造り|発酵の前に、まず酵母を育てる

発酵の準備は、酒母(しゅぼ)造りから始まります。
※酒母とは…アルコール発酵を担う酵母を、少量の米・米麹・水のなかで大量に培養した「酒のもと」。「酛(もと)」とも呼ばれます。
ここで大切なのは、酒母造りの段階ではまだ本格的な発酵は始まっていないということ。あくまで「元気な酵母を、雑菌に負けない状態で育てる」ための工程です。雑菌を抑えて酵母だけを増やすには、タンクの中を乳酸で酸性にする必要があります。この「乳酸をどう手に入れるか」の違いが、生酛・山廃・速醸の違いです。
酒母造りの3つの方式
| 方式 | 乳酸の由来 | 酒母の期間の目安 | 味の傾向 |
|---|---|---|---|
| 生酛(きもと) | 蔵にすみつく乳酸菌が生成 | 約30日 | 酸と旨味が厚い |
| 山廃(やまはい) | 同じく乳酸菌が生成 | 約30〜40日 | 複雑味と酸の主張が強い |
| 速醸(そくじょう) | 醸造用乳酸を添加 | 約10〜14日 | クリーンで軽快 |
生酛は、半切桶の中で蒸米と米麹をすりつぶす「山卸し」を行う伝統製法。※山卸しとは…浅く口の広い半切桶に蒸米・米麹・水を入れ、櫂棒で米を粥状にすりつぶす真冬の作業です。
山廃は、この山卸しを廃止した方式で、正式には「山卸廃止酛」と呼びます。仕込みの前に水と米麹を合わせて酵素を水中へ溶かし出しておけば、すりつぶさなくても糖化が進むためです。
速醸は、乳酸菌を待たずに醸造用乳酸を直接加える現代の主流方式。管理がしやすく、味も澄みます。
「新政 No.6」「大七」など、生酛・山廃の傑作は日本酒好きから絶大な支持を受けています。
7. 【工程4】もろみ造り|ここで初めて本格的な発酵が始まる

育て上げた酒母に、米・米麹・水を加えて仕込むのがもろみ造り。ここでようやく並行複発酵がスタートします。
※もろみとは…酒母に米・米麹・水を加えたもの。麹の酵素による糖化と、酵母によるアルコール発酵が同時に進む、発酵の主舞台です。
三段仕込み:酒母を一気に薄めないための工夫
もろみは一度に仕込まず、3回に分けて少しずつスケールアップさせます。
※三段仕込みとは…米・米麹・水を3回に分けて加えていく方法。1回目を初添(はつぞえ)、2回目を仲添(なかぞえ)、3回目を留添(とめぞえ)と呼びます。一気に原料を入れると酒母の酵母密度や酸度が下がってしまい、雑菌汚染のリスクが高まるためです。
低温発酵:吟醸香を育てる技術
もろみタンクでは20〜30日かけて低温で発酵させます。低温発酵(5〜15℃)は日本酒独特の技術で、ゆっくり発酵させることで、吟醸香(カプロン酸エチルなどのフルーティーな香り)が豊かに生成されます。
発酵期間の違いで味はこう変わる
発酵期間をどう設計するかも、このもろみ造りの段階の話です。
- 短期発酵(約20日):淡麗で軽快な味わい。すっきりした食中酒向き。
- 長期発酵(30日以上):濃醇で複雑な味わい。旨味の厚みが増します。
- 低温長期発酵:吟醸酒・大吟醸に用いられる技法。華やかな香りと繊細な味わいを両立します。
同じ蔵、同じ米、同じ酵母でも、発酵期間の設計次第で味は大きく変わります。杜氏の技術が最も問われる部分と言えるでしょう。
8. 海外でも注目される並行複発酵
並行複発酵は、日本酒だけでなく、中国の紹興酒、韓国のマッコリ、沖縄の泡盛など、東アジアの伝統酒にも見られる発酵方式。近年は海外の醸造家からも「複雑な旨味を生む独自の技術」として再評価されており、クラフトサケブームの後押しにもなっています。
9. まとめ|発酵の仕組みを知ると、日本酒はもっと味わい深くなる
日本酒の発酵の仕組みを知ることで、一杯の日本酒がぐっと味わい深くなります。次に日本酒を口にするときは、麹と酵母が共存しているタンクの世界に思いを馳せてみてください。

◾️この記事を書いた人
SUZU
国際唎酒師の資格を持つ日本酒好きライター。日本酒はもちろん、ひれ酒をこよなく愛しています。
取得機関:https://ssi-sake.jp/
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