
はじめに
日本酒の品質管理において「火落ち」と「火入れ」は非常に重要なキーワードです。どちらも「火」がつくため混同されがちですが、それぞれ全く異なる意味を持ちます。
本記事では、日本酒の保存と品質保持に関わるこの2つの概念をわかりやすく解説します。
火落ちとは?
「火落ち(ひおち)」とは、日本酒が劣化する現象のひとつで、乳酸菌の一種である「火落ち菌」が原因で引き起こされます。この菌が繁殖すると、日本酒に異臭や白濁、味の異常(すっぱさ・苦み)などが現れ、商品としての価値が損なわれてしまいます。
火落ちは特に、熱処理をしていない「生酒」などで発生しやすいため、保存や流通の過程で細心の注意が必要です。
火落ち菌とは?
火落ち菌とは、学術的には「乳酸菌(ラクトバチルス属)」に属する微生物の一種です。正式には 「Lactobacillus fructivorans(ラクトバチルス・フルクティボランス)」 や 「Lactobacillus hilgardii(ラクトバチルス・ヒルガルディイ)」 などが知られています。
- Lactobacillus fructivorans
真性火落菌(ヘテロ)と呼ばれるグループに属し、乳酸以外にも二酸化炭素やアルコールなどを生成するヘテロ発酵型の菌。 - Lactobacillus homohiochii
ホモ型真性火落菌と呼ばれ、乳酸のみを生成するホモ発酵型の菌
⚫︎火落ち菌の特徴
- 酸素の少ない環境でも生育可能
日本酒のような密閉された環境でも活動できる嫌気性菌※。 - アルコール耐性
一般的な乳酸菌よりも高いアルコール濃度(10〜15%)でも生育可能。中にはアルコール度数25%程度でも生育できるものも存在します。 - 高温に弱い
火入れという加熱処理で殺菌することができる。
※嫌気性菌とは、酸素がない環境で生育する細菌のことです。
⚫︎火落ち菌がもたらす悪影響
- 酢のような異臭や白濁、粘りなどの品質劣化
- 酸味が強くなり、本来の風味を損ねる
- 消費者からの信頼低下や商品ロスの原因になる
火落ち菌は日本酒の品質管理において避けるべき大敵であり、酒蔵では徹底した衛生管理と火入れによる処理が行われています。
火入れとは?
「火入れ(ひいれ)」とは、日本酒を加熱殺菌する工程のことを指します。通常、60〜65℃程度の温度で一度または二度行われます。目的は、火落ち菌やその他の微生物を死滅させることで、酒の劣化を防ぎ、品質を安定させることです。
火入れには次のような目的があります。
- 微生物の殺菌(火落ち菌など)
- 酵素の働きを止め、熟成を安定させる
- 長期保存を可能にする
『火入れ』についてもっと知る場合はこちらの記事がおすすめ
火落ちと火入れの違い
項目 | 火落ち | 火入れ |
---|---|---|
意味 | 日本酒が劣化する現象 | 日本酒を加熱して品質を安定させる処理 |
原因 | 火落ち菌の繁殖 | 酒蔵の工程による処理 |
結果 | 異臭や味の変化、品質劣化 | 微生物の死滅と味の安定化 |
発生場所 | 生酒などの未加熱酒で発生 | 仕込み工程または出荷前に実施 |
日本酒の保存と火入れの関係
火入れを行った日本酒は、比較的常温での保存が可能ですが、生酒や生貯蔵酒など火入れをしていない、もしくは一部だけ火入れをした酒は要冷蔵が基本です。
火落ちを防ぐためにも、以下のポイントを守ることが重要です。
- 生酒は購入後すぐに冷蔵庫で保管
- 開封後は早めに飲み切る
- 高温多湿を避ける
- 光を避ける(紫外線も劣化の原因)
まとめ
「火落ち」と「火入れ」は、日本酒の品質を守るうえで非常に重要なキーワードです。
火落ちは乳酸菌の繁殖によって生じる品質劣化現象であり、これを防ぐために火入れという加熱処理が行われます。火入れは日本酒の安定性と保存性を高める重要な工程であり、生酒を選ぶ際には保存方法にも注意が必要です。
正しい知識を持って、日本酒の魅力をより深く楽しんでみましょう。

◾️この記事を書いた人
SUZU
国際唎酒師と薬剤師の資格を持つ日本酒好きライター。日本酒はもちろん、ひれ酒をこよなく愛しています。
取得機関:https://ssi-sake.jp/
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